前回はイベリコ豚について、その起源、生態、特徴を見てきました。
重要なポイントとしては、今日私たちが一般的に食しているような改良された白豚と違い、より原始的な生態系であるということです。
家畜として改良されてきたわけではなく、紀元前から踏襲されてきた方法で現在もその存在を保っています。
(前回の記事も併せてお読みいただけると、より理解できます。)
飼育
イベリコ豚の最大の特徴がその飼育方法にあります。聞いたことがある方も多いかと思いますが、彼らは一般の豚と違い、放牧されて育ちます。スペインからポルトガルにかけて広がるデエサと呼ばれる広大な放牧場で、群れをなして生活しています。このデエサは通称ドングリの森と呼ばれています。セイヨウヒイラギガシやコルク樫がそびえ立ち、起伏のある丘が点在しています。
放牧されることでストレスがなくなり、運動量が増えるため、肉の味が向上するとことがわかっています。近年では日本でもそういった飼育方法が取られる場合がありますが、スペインのデエサは約300万ヘクタール(東京ドーム63万個分以上!)の土地で放牧されるため、次元が違うのです。
前回述べた通り、彼らが生活するデエサは餌が豊潤にあるわけではありません。出産効率や成長スピードと引き換えに彼らはこの過酷な環境で生き続けているのです。
そして、写真のように彼らは餌を求めて傾斜が連続した丘を歩き回ります。放牧によって彼らの運動量はかなりのものになり、したがって筋肉が増幅されることで理想的な肉質になります。
10月末になるとドングリが落ち始め、イベリコ豚たちは一気に体重を増加させます。この時期の放牧をモンタネーラと呼び、2月末~3月頃まで続きます。一般的には1kgの体重増加にドングリ9~10kgが必要となります。モンタネーラ期間中に100kgの体重増加をするものも珍しくありませんので、そうなると1頭につき900kg~1tものドングリが必要となるのです。
一般的に、生後1年経つとイベリコ豚は屠殺され、その後生ハムの加工工程に移ります。
ドングリ
イベリコ豚は基本的には粗食に耐えます。
豚も人間と同じく胃袋が1つしかなく、生の草を消化する分解酵素を持っていません。ただ、盲腸が発達しており、ここで生の草を消化しますが、草食動物ではありませんのであまり好んでは食しません。
そこでイベリコ豚はその尖った鼻で地面を掘り返し、草の根や球根、土の中の昆虫などを食べています。彼らは運動量が多く、エネルギーになる炭水化物を好みます。彼らの好物であるドングリはその大事な役割を担っているのです。
このドングリこそがイベリコ豚の精肉や生ハムの美味しさを決定付ける要因なのです。
ドングリには不飽和脂肪酸であるオレイン酸が多く含まれ、それを食べたイベリコ豚もオレイン酸の含有量がとても多くなります。オレイン酸はオリーブオイルに多く含まれており、血液中の悪玉コレステロールを除いて動脈硬化・高血圧・心疾患などの生活習慣病を予防・改善する効果があると言われています。この理由からイベリコ豚は「足のついたオリーブ」と称されています。
ドングリが直に味を決定付けるということは、樫の木がなるデエサの質が重要となってきます。また、年によってドングリの収穫量も異なってきますので、イベリコ豚をいかにして育てているかを見極める必要があります。
血統
イベリコ豚は生産効率が悪く、また成長スピードが遅いこともあり、大量生産には向いていません。
しかし近年の需要拡大から大手のメーカーがこぞってハイブリット種を使うようになりました。純血のイベリコ豚とその他の種(主にデュロック種が使われる)を交配することで血統75%のイベリコ豚を生み出すのです。
つまり純血イベリコ豚とデュロック種を掛け合わせて血統50%イベリコ豚を作り、その豚を血統100%イベリコ豚と掛け合わせることで75%のイベリコ豚を作るのです。こうすることで1回の出産頭数が増え、また短い期間で規定の体重まで増やすことが可能になりました。
現在イベリコ豚の血統は下記の3種類に分けられます。
- 純血イベリコ豚
- 血統75%イベリコ豚
- 血統50%イベリコ豚
現在では流通しているほとんどのイベリコ豚は血統75%のものです。生産の効率化を優先するがために、伝統的なイベリコ豚が失われないことを祈るばかりです。
ランク
イベリコ豚は血統以外に、どれだけ体重が増えたか、何を食べて育ったかでランク分けがなされます。
ベジョータ
「ベジョータ」とはスペイン語でドングリのこと。すべてのイベリコ豚がドングリを食べて育つわけではありません。デエサで放牧され、ドングリやハーブ、その他自然の餌のみを食べて、補完飼料を与えられることなく一定基準の体重増加があったイベリコ豚のみがベジョータと名乗ることができます。
セボ・デ・カンポ
「セボ」とはスペイン語で飼料のこと。放牧され、ドングリやハーブ、その他自然の餌のみを食べて育つが、穀類などの補完飼料を与えられることで一定基準をクリアしたイベリコ豚をセボ・デ・カンポと呼びます。ドングリを食べていますが、ベジョータになるには体重が足りず、補完飼料によって太らされたものを指します。
セボ
放牧はされず、屋外や農場で飼育されます。また、ドングリは食べず、穀類や豆類を主原料とした飼料を与えられて育ちます。ドングリを食べたイベリコ豚は口に入れるとほのかにナッツの香りがしますが、セボランクはそういったことが起こりません。
このように、ひとえにイベリコ豚といってもその血統、ランク、主食が異なります。もちろんそれによって肉質や脂の付き具合が変わってきます。
同じイベリコ豚でも価格の差が生まれるのはこの為です。生産効率を優先する大手メーカーは価格が安く、昔ながらの伝統にのっとったメーカーは生産量が少なく、手間がかかる分価格も当然高くなります。
このような現象はイベリコ豚製品に限らず、あらゆる製品において起こっています。
重要なのは、その歴史や製法を理解しようとすること。ただ安いからという理由で選ぶのではなく、本質を見極めること。
きっとそういうことがこれからは必要になるのではないでしょうか。
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